「日本語は音の数が少ない」はウソ。数字のトリックに惑わされないで!

 人間はどの言語話者でも同じくらい複雑なコミュニケーションが必要なので、どの言語もだいたい同じくらいの複雑さになります。日本語だけが単純ということは、非常に考えにくいでしょう。また「日本語は発音は単純だが、語彙は豊富」という話も聞きますが、それも実は言語学的にはあり得ないのです。この理論は「全て通じる英語の37音表の3巻」でもっと詳しくわかりやすく説明しています。基本的には、日本語や英語を含む全ての言語の発音は、だいたい同じくらいの複雑さ、と考えておきましょう。

 例えば標準的なアメリカ英語の母音は13個ですが、イギリス英語は18個です。では、イギリス英語の方が発音が複雑なのかというと、そういうことではありません。発音の上達が早い人は、「日本語は50音だけど、英語は37音だから、英語の方が覚えることが少なくて嬉しい」とポジティブに捉えます。そういうことなのです。メンタルが大事です。スポーツではよくメンタルの大切さが重視されますが、外国語学習でももっとメンタルの話をすべきだと思います。かく言う私もメンタル面の問題を大きくかかえていたので、外国語学習でもメンタル面のサポートがあればどんなに良いだろうと思っています。

 「でも日本語は母音が5個しかないじゃないか!」と思うかもしれません。しかし「音素の数」というのは、言語学者によって解釈が大きく異なるのです。日本語の母音だって、理論をこねくりまわせば、いくらでも増やすことができます。例えば「あー」等と伸ばす音を長母音として違う音素だと扱えば、「あ、い、う、え、お、あー、いー、うー、えー、おー」でもう10個です。「あい」等のように、後に「い」が付くものは二重母音だという説が現在の音声学では有力なので(私は個人的には別な意見を持っていますが)、「あい、うい、えい、おい」を加えればもう14個で、もうアメリカ英語を超えています。人によっては「あえ」「あう」あたりも二重母音だというので、その気になればもう少し二重母音を増やせます。さらに、「ん」を鼻母音として扱えば1つ増えます。そして「あん、いん、うん、えん、おん」を1音節として扱うのが現在の音声学では有力なので(私は個人的には別な意見を持っていますが)、この5個を加えれば、もうイギリスの18個など遥かに超えてしまいます。堂々と「日本語の母音は20個以上だから、英語の14個とか18個なんて簡単だ」と言えばいいのです。音素の数なんてものは、そういうことです。同じように、子音の数もいくらでも理論をこねくりまわして増やすことができます。しかも実は、逆に母音を5個より減らすこともできます。とは言っても、理論だけをこねくりまわすのは、決して生産的ではないので、お勧めしません。まあ、冗談感覚で楽しむ分には良いでしょう。

 同様に、英語の母音も数を変えることができ、伝統的な英語音声学では、Trager-Smith (1951)は7個しかないと設定しています。というのも、英語の母音はほぼほぼ全部二重母音だから、単音に分解したら7個ということです。さらに言えば、Yamamoto (2011)は、英語の母音は単音に分解したら5個だ、と言っています。日本人の研究者ということもあり、英語音韻論としては日本語的な発想である印象はうけますが、日本人の英語学習という点では、日本語と同じ5母音体系なので、日本語の母音をほぼそのまま使うだけで、通じてしまうので、貴重な分析だと思います。そもそもYamamoto (2011)の論文の目的が、英語音韻論というより、日本人への発音指導ですから。

 これらを考えると、「英語は母音が5個しかない。日本語は20個以上ある。だから英語は母音が少ないので簡単だ。」と堂々と言ってしまえばいいのです。実際多くの英語の発音教材では、「日本語は母音が5個しかない。英語は26個。」と書かれていますが、実際は子音である/r/も含めたり、ネイティブは同じ音だと認識してるものを違う音だと扱ったり、一部の方言で使われている音を加えたり、色々やって英語の母音を26個にまで増やしているわけです。音素の数なんてのはそんなものです。もちろん彼らに全く悪意はなく、日本の英語教育では英語の母音を26個にするのが慣例となってしまっている所があるので、それに従っているだけでしょう。でもきっと26個と書いている作者自身が、実際には26個も区別していないと思います。だってネイティブはそんなに区別していないのだから。こういう本を書いている作者達の英語のレベルは非常に高いので、ネイティブと同じように発音をしている=26個も区別していないはずです。

 「じゃあ英語の母音は5個とか、せいぜい7個だと教えてくれた方が楽じゃないか!」と思うかもしれません。確かに音だけを見るとそうかもしれません。しかし、つづり字との対応とか、言語学を知らないネイティブがどう考えているかを考慮すると、結局アメリカは13個、イギリスは18個とする方が、逆にわかりやすいので、あえて5個や7個にはしませんでした。少なくすれば分かりやすくなるというわけでもないのが、難しいところなのです。

 よく言語学の論文でさえも、以下のように、日本語には発音記号が5個しかなく、英語にはたくさんあるような表を比べて、さぞかし日本人は不利だろうとネガティブにネガティブに考えがちです。音声学を知らない人は、このもっともらしい表に惑わされてしまうでしょう。しかしこのような比較は、母音の中間点だけを見ているにすぎず、英語の母音で肝心な「長さ」と「二重母音声」を無視しているので、これでは両言語の母音を比べることはできないのです。こういう表の類は、「見せ方」がとにかく大事ですからね。このような表に惑わされて、ネガティブに考えるのはやめましょう。プラス思考が一番です。とにかく、音素の数はいくらでも数字を変えられるので、音素の数を比べて、どっちが複雑だ、単純だというのは、あまり意味がないのでやめた方がいいということです。

拙著 L2 letter-sound correspondence: Mapping between English vowel spellings and sounds by Japanese ESL learnersより。

 フランス語も母音が多いと言われます。確かにフランス語の場合は、口をまるめるかどうかの区別とか、鼻母音があるので、母音の区別は英語や日本語よりも複雑でしょう(その代わりフランス語には、日本語のピッチアクセントのような区別や、英語のストレスのような区別がありません。)。しかし、実際のネイティブの発音では、教科書に書かれている発音記号を全て区別しているわけではなく、もっとシンプルにまとめられているという話を聞いたことがあります。

 中国語の母音は一般的には6つと言われ、学習者にとってはそれが一番理解しやすいですが、人によっては中国語の母音音素はたった2つで、あとは渡り音や鼻音と組み合わせるだけだという話もあるほどです。

 要するに、音素の数なんてものは、こち亀に出てきたおばけ煙突のようなものと考えて良いと思います。実際の数は変わらないけど、見る角度によって、2本に見えたり、3本に見えたり、4本に見えたりする煙突です。音素の数も見る角度によって変わるだけです。

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