World Englishesに対応するために、逆説的だけど、1つの方言だけしっかり習得しよう!

 よく、英語はアメリカ英語とイギリス英語だけじゃなく、ネイティブの英語(いわゆるInner Circleの英語)だけど比較的知られていないスコットランド英語とか、かつてイギリスの植民地で今も英語が公用語である国の英語(いわゆるOuter Circleの英語)のスリランカ英語とか、英語が完全な外国語である人たちの英語(いわゆるExpanding Circleの英語)のベトナム人の英語とか、とにかく色々な英語を聞かせて慣れさせる、という方法をよく見ます。

 もちろん、色々な変種を聞かせないよりは、聞かせた方が絶対に良いということに、議論の余地は無いでしょう。ただし、聞かせるだけで終わってしまって、基礎を何も教えないのでは、それほど効果的ではなというか、もっと断然楽で効果的な方法があると思います。

 一見逆説的ですが、世界の英語変種の中でも、reference accents (Melchers & Shaw, 2013)とされる標準的なアメリカ英語かイギリス英語のどちらか一つの発音体系を、徹底的に学ぶことで、世界の英語変種に対応することです

 考えてもみて下さい。私のような東京都多摩エリアの出身の人が、大阪出身、長崎出身、福島出身、日本語が母語ではない人などと話す時、わざわざこれらの方言や中間言語の音韻体系を学ぶということはしません。それでもコミュニケーションは成り立ちます。単語だけを聞いたらわからないことがあっても(つまり音韻処理、ボトムアップ処理だけではわからない)、文脈があれば(つまり文脈やcollocationに頼るトップダウン処理)、理解できることもしばしばです。理解できないところは補足説明を加えてもらえばいいわけです。

 英語も同じで、例えばカナダ人が、イギリス人や、オーストラリア人や、インド人や、英語が母語ではない人と話す時、わざわざこれらの変種の音韻体系を学ぶということはしません。それでもコミュニケーションは成り立ちます。

 首都圏の日本人なら首都圏の日本語、カナダ人ならカナダ英語、というしっかりした軸が一つあるから、基礎ができているから、他の方言や変種に対応できるわけです

 ポイントは、自分が話す、つまり発音する時の音韻体系は、あくまで1つの方言のものだということです。これが一番現実的です。

 つまり発音練習は、あくまで1つの方言の音韻体系を徹底的にすることです。

 先日、私の恩師である、青山学院大学の英語音声学の横谷輝男ともこの話をしましたが、激しく同意していただきました。中国人であるうちの代表も激しく同意しています。考えてもみて下さい。中国人であるうちの代表が、日本語をしゃべる時、東京のピッチアクセント体系だけで既に手一杯なのに、この上、大阪のアクセント体系まで覚えるなんて、とても無理です。複数の方言の音韻体系を身につけるなどという、ネイティブにもできないことを、ノンネイティブにやらせることは、とても現実的ではないでしょう。先生だって指導ができません

 しかもある英語ネイティブから、あまり色々な英語の変種を混ぜるのは聞いてて良くないと聞きました。日本語で考えれば、外国人が標準語ベースの日本語をしゃべっていたのに、突然部分的に大阪弁になったり福島弁になったりするのは、違和感があるでしょうからね。

 発音できるのは1つの方言だけだけど、その1つの基礎がしっかりできているから、他の方言も聞いて理解できる、というのが目指すところです。

 例えば私が、福島の人で「き」が、「き」と「ち」の中間のような音になる人がしゃべっている言葉が、最初はなかなか聞き取れませんでした。そのうち、電話ではあまり聞き取れないけど、対面では聞き取れるようになりました。今では電話でも問題なく聞き取れます。自分の東京の音韻体系がしっかりあるからこそ、「ああ、この人の『き』はこういう発音なんだ」などいうように、自分の音韻体系と違っている部分だけを把握していけばいいだけだからです。でも、その人の喋り方はできません。このように、自分は発音できないけど、コミュニケーションができる、というのが目指す所だと思います。

 また、むやみに色々な変種の英語を聞く練習をしても、結局生活の中でそれらの変種を聞く機会がほとんどないのなら、特に練習する必要もないのではないのでしょうか?まずは、自分がよく聞く機会のある変種だけわかれば良いのではないかと思いますが、いかがでしょう?

 もちろん、あらゆる英語変種の音韻体系を習得していて発音できたら、それは素晴らしいことですが、そういう訓練を英語教育で行うことは、現実的ではないでしょう

 最後に、「一つの方言」だけだと言いましたが、例えば私の日本語が、完全に純粋な東京多摩の発音かというと、そうではないと思います。祖母がバリバリの長崎弁だったことや、私自身が他県にも住んでいたこと、外国にも住んでいたことで、純粋な多摩の発音ではないだろうなという自覚はあります。まあ充分いわゆる標準語のくくりに入ってると思いますが。同様に、英語も例えばカナダ人でVancouverに住んでる人でも、微妙にイギリスっぽさが入ってる人とか、その人のバックグラウンドによって個人差もかなりあるものです。だから「一つの方言」という言い方に、疑問を感じる人もいるかもしれません。

 だから、第二言語をやる時は、「この地域のこの特定のグループの人達が喋ってる言葉の音韻体系(発音体系)」というように、かなる狭く決めるのが良いかもしれません。逆説的ですが、結果として、それが世界の英語変種に対応できる一番効率が良い方法だと思います。基礎を固めず、やたらめったら詰め込むのはおすすめしません。

 

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参考文献

Melchers, G., & Shaw, P. (2013). World Englishes. Routledge.