トピック一覧
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● [ə]と[ʌ]の区別を英語ネイティブはできない。[ə]と[ɪ]も区別できない:発音記号の本当の読み方
● 「発音記号」から「発音リスペリング (pronunciation respelling)」へ
● 世界の英語変種に対応するために、逆に1つの方言の発音をしっかり習得しよう!
作者:野北明嗣
英語の母音は難しくて複雑だと感じている日本人は非常に多いでしょう。僕も昔はそう思っていました。しかし、日本人に限らず、外国語学習者は自分で勝手にネイティブの発音より難しくして、自分で勝手に混乱している、ということが多々あるように思えてならないのです。ネイティブはもっと簡単に考えているということは、多々あります。
例えば、日本語の母音は「あいうえお」の5個しかない、と、うちの中国人の副代表には強調したいのです。というのも、今まで本人の自覚は無かったようですが、副代表の頭の中には「あいうえお」よりもっとたくさんの日本語の母音があるようだからです。それが原因で、日本人の耳には自分が意図している単語に聞こえなくて通じなかったり、本人自身も日本語の母音が難しいと感じているようです。
だからとにかく、「あいうえお」の5個しかない、というように、単純に単純にしたいのです。
副代表も「ほんとだ!簡単だ!この指導法を広めよう!」と言っていました。しかし頭ではわかっていても、今までの癖はなかなかぬけないようで、意識しないと実践に適用できない(しようと思わない)ようですが。。。まあ人間、今までの習慣を変えるというのは意識しないとできませんからね。ここが一番の課題です。
しかし、「日本語に、あいうえお以外の母音があるなんて、あり得ない!どこからそんな発想が出てくるの?」と思うかもしれません。でも日本人も同じことを、英語の母音でやっているのです。英語の母音も同様で、日本人は勝手に自分で難しくしています。ネイティブが使っている英語の母音はもっとはるかに単純です。日本人はよく「微妙に違う音」とか、そういうことを考えてしまいますよね?僕もそうでした。でも、日本語学習で例えるなら「『あ』に似てるけど、『あ』よりも微妙に◯◯な母音」とか、そういう類の発想を捨てなければいけません。日本人は日本語をしゃべる時そんな難しいことを考えませんからね。
例えば発音記号の一覧には「弱母音」と呼ばれるものがあります。しかしネイティブは、弱母音とか強母音とか考えず、どちらも同じ母音と考えています。(単にstressが有るか無いかの二次的な違いです。)日本語でも、例えば「いか」の「い」は発音記号で/i/とし、「かい」の「い」は/J/と書いて区別する方法が言語学者の間でだんだん人気になっています。しかし日本人にとってはどちらも同じ「い」であり、区別する必要は無いと僕は思います。(言語学的にも、もし「いか」の「い」と「かい」の「い」が音韻的に違う振る舞いをしていたとしても、完全に相補的分布しているので、わざわざ別の音素として扱う必要はないと思いますが、どうでしょう。また/J/をあえて大文字にしていることも、別な機会でお話ししたいと思います。)
僕の昨年度の大学の発音の授業で、授業前の母音聞き取りテストでは、みんなボロボロでしたが、4、5回の授業後には、ほとんどの学生が満点かそれに近い結果でした。しかも、外国語系の学部ではない学生達です。つまり、たった4、5回のレッスンで、少なくとも聞き取りに関しては英語の母音なんて全部聞き取れるようになるわけです。
日本人は英語の母音が難しいと感じている人が多く、音声学会・音韻論学会の人でさえ、ある人は「英語の母音は難しいよ。私も聞き取れないもん。」と言い、またある人は「自分は英語の母音は全然わかってない」と言っていたほどです。でもこれは決して英語の母音そのものが難しいわけではなく、自分で勝手に難しくしているだけなのです。実際は、少なくとも聞き取りに関しては、言語学系の学部じゃない学生でさえ、たった4、5回の授業後に全部聞き分けられる程度のものです。
ついでに言えば、70代後半で片耳が聞こえないうちの母親でさえ、母音は全部聞き取れますし、発音も全て区別できます(ただし日本語なまりは強い)。そんなもんです。
なぜ簡単かというと、 英語の母音は、日本語の母音だけでほぼほぼ代用できるからです。僕は、ヴィクトリア大学の林华先生と一緒に、それを証明しました。その論文はこちらです。こちらの1ページ目から19ページ目をご覧ください。
野北明嗣. (2018). 一般米語全 13 母音に聴覚的に対応する日本語の母音: 英語の母音は決して難しくない. 外国語教育研究= JAFLE bulletin, (21), 1-19.
「日本語の母音は5個。英語の母音は13個。どうやって5個だけで13個の代用をするんだ?!」と反論したくなると思いますが、5個、13個という数字にだけ気を取られて、母音の本質を見逃してはいけません。音韻論では、音素の数というのは、定義によっていくらでも変えられるのです。数値が高いから難しいとか複雑ということではありません。ドラゴンボールでも、悟空を始め戦闘力を自在に変化させられる人たちがいるので、今現在の戦闘力をスカウタ~で見て数値が低いからといって弱いと判断してはいけませんが、それと似たようなことです。
もっとも、普通のスピードでネイティブが話している母音をちゃんと聞き取れるかに関しては、英語でも日本語でも、もっと練習が必要なのは言うまでもありませんが。
このように、日本語の母音を「あいうえお」より増やす必要がないのと同じで、「単純に単純にしたい」というのが、僕の狙いです。ただし、「あいうえお」より少なくしてはまずいので、「あいうえお」はしっかり区別できなければいけません。英語の母音も同様です。
英語の母音に関しては→英語の母音について