World Englishesとジャパニーズイングリッシュの項目で説明した通り、World Englishes (世界の英語変種)は、決して「何でもあり」ということでも、「日本人以外の人には通じないコテコテのカタカナ発音で良い」ということでもありません。日本人以外の人とある程度コミュニケーションを取ることが目的です。ただ、英語はネイティブの英語(Inner Cirtcle)だけでなく、歴史的にはイギリスの植民地で今も英語がリンガフランカのように使われている国の英語や(Outer Cirtcle)、日本、韓国、中国、ロシア、フランスなど、英語は国の公用語ではないが、国外の人とコミュニケーションを取るために英語を学んでいる国の人たちが使う英語(Expanding Circle)、つまりノンネイティブの英語も含め、全て英語だということです。とは言っても、標準的なアメリカ英語と標準的なイギリス英語が、2つのreference accentsと見做されていることを忘れてはいけません (Melchers & Shaw 2013)。

 しかし日本では、「英語は1つではない」ということを、「何でもあり」とか「日本人以外の人には通じないコテコテのカタカナ発音で良い」と解釈してしまう人も少なくないように見えます。それで、「日本では、標準的なアメリカ英語/イギリス英語を教えた方が良い」と言うと、結構つっかかってくる人が多いのです。また、数ヶ月前に論文を書いていた時に、「これは標準的なアメリカ発音/イギリス発音ではない」と私が書いていると、全ての査読者達から「標準的なアメリカ発音/イギリス発音だけが正解であるかのような書き方は、現在の英語教育の方針に反している」というご指摘を受けました。なるほどそのように誤解されるのかということで、勉強になりましたが、まるで、標準的なアメリカ発音/イギリス発音を教えることが悪いことであるかのような風潮さえあるようにも見えました。おそらくこの部分に、日本の英語教育陣はかなり敏感になっているようで、アメリカ英語やイギリス英語を推す場合は、気をつけた方が良いかもしれません。

 一方、中国人は一般的には、外国の人たちとコミュニケーションを取るなら、世界中の人に馴染みのある標準的なアメリカ英語又はイギリス英語を目標とすべきだと考えているようです。この違いは何かというと、やはり日本の現状が原因でしょう。

 まず中国語教育では、発音指導が非常に体系的で、おそらく全ての中国語教員が発音を体系的に教えることができ、それを習ったノンネイティブ中国語話者でも、うまい人なら発音を体系的に指導できるようになっています。

 しかし、英語ネイティブは頑張っているのは伺えるのですが、やはり英語にはそのような体系的なわかりやすい指導法はありません。特に日本の英語の授業では、ほとんどのクラスで発音指導は皆無と言っても良い状況で、英語の音がいくつあるかさえ知っている人もほとんどおらず、「この状況で英語のリスニングをしようなどとは、自殺行為にも等しい」と僕のある友人が言っていました。しかし、日本には発音を体系的に教えられる先生が非常に少なく(ネイティブ先生も含む)、日本人の英語教員は、自分自身も発音をちゃんと習ったことがない人が多いという状況なので、どうしようもないのです

 「先生ならちゃんとした発音を覚えてくれ」と思うかもしれませんが、僕も同じ日本人英語教員として、先生方のサポートをすると、先生達も発音を習うチャンスが無いのです!英語圏への留学経験がある人ならわかると思いますが、英語圏に留学したからと言って、発音を体系的に習えるわけではないのです。しかも英語圏に住んでいれば自然に発音が良くなるわけでもありません。ある日本人英語教員の友人も、生徒から「先生発音習った方がいいよ」と言われてしまったそうです。それで1年英語圏に留学したのですが、「結局発音は教えてもらえなかった」と言っていました。一方、中国語圏に中国語を習いにいけば、よほど運が悪くなければ、必ず発音を体系的に学べます。運悪く習うチャンスが無かったとしても、その気になれば周りにいくらでも教えてくれる人がいます。これが大きな違いです。

 しかし、大学で学生達にアンケートを取ってみると、やはりみんな発音をしっかり学びたいようです。そして学びたい発音は、圧倒的にアメリカ英語が人気です。(十文字学園女子大学の設楽先生という方も、先日学生にアンケートを取った結果、圧倒的にアメリカ英語が人気だったとおっしゃってました。)つまり需要はあるけど、供給ができない状態です。

 そこで英語教員達の前に現れた救いの手が、World Englishesでした。World Englishesは、単に「英米以外にも、様々な英語が有る」というだけの話なのですが、発音指導が苦手な教員達はこれを上手く使い、極論を言えば、「様々な英語がある」→「ジャパニーズイングリッシュで良い」→「発音指導はしなくていい」という”口実”として使うようになってしまったようです。

 生徒の立場としてはもちろん、「なんという勝手なことを!」と思うでしょう。しかし、教員の立場からすると、現状を変えられないなら、これが生徒にも先生にも、一番ダメージが少なくてすむ説明ということではないかと思います。

 そこで、ラーメン屋で例えてみましょう。ある田舎町で唯一のラーメン屋さんは、チャーシューを作る技術が無かったとします。だからそのラーメン屋では、チャーシューは一切出しません。しかしチャーシューは紛れもなく人気のトッピングであり(おそらく味玉に次いで?)、実はチャーシューを食べたいお客さんは多いはずです。そこでそのラーメン屋さんが「うちはチャーシューを作る技術が無いから出せないんです。。。」と誠意を持って正直に言ったら、お客さんは逆に「なんだよ、、、ラーメン屋ならチャーシューくらい作れるようになってくれよ!」とがっかりするかもしれません。Honesty is the best policyとは限らないかもしれません。

 そこで、「うちの鶏ガラと魚介の特製ダブルスープは、豚肉と相性が悪く、チャーシューを入れると味が変わってしまうので、チャーシューはあえて入れないことにしているんです。」(←僕はラーメン屋ではないので、適当に言っているだけです。実際そういうことがあるのかどうかは知りません。)という専門的な話を持ち出して素人を丸め込めば、お客さん達も「ああ、職人のこだわりだったのか。やっぱりおいしいスープが飲みたいから、チャーシューは無くてもいいや。」と納得するかもしれません。そしてラーメン屋自身にも「そうだ、スープのクオリティーのためにうちはあえてチャーシューを作らないんだ!」と暗示をかけることができ、心が楽になるかもしれません。

 日本の英語教育でも同じで、World Englishes(世界の英語変種)という最もらしい専門用語を持ち出して、発音指導ができる教員不足という現状を、なんとか誤魔化しているのだと思います。ここはどうかわかってあげて下さい。教員養成と言っても、それは難しいのです。「小学校教員は全員バイオリンを弾けるようにしなければいけない」と言ったら、実現は非常に大変だと想像できるでしょう。そういうことなのです。よほど政府の方達に協力していただくしかないでしょう。教員達だけではどうしようもありません。

 普通に考えれば、日本人以外(英語ノンネイティブを含む)の人達とコミュニケーションを取るには、世界で一番よく知られているアメリカ英語を学ぶのが一番無難だ(学習者が特定の方言に特別なこだわりが無い限りは)、というのは当然のことでしょう。「アメリカ英語を学びたい」という学生達のアンケート結果からすると、学生達はよくわかっています。しかしそれができないので憂鬱な気持ちを隠し偽るしかないということです。

 余談ですが、いわゆる標準語というのは、決して言語的に優れているから標準語になったわけではないということがポイントです。政治的、経済的に中心となっている地域の言葉が標準語になります。例えば日本語で東京の方言が標準語なのは、決して東京の日本語が他の方言より言語的に優れているからではなく、東京が日本の首都だからというだけです。京都が日本の中心だった頃は、京都の日本語が標準語とされ、東京の日本語は、田舎なまりだと言われていたそうです。アメリカ英語をやるのが無難だというのも、決してアメリカ英語が他の英語の変種より言語的に優れているからということではなく、やはりアメリカが世界経済の中心になっていて影響力が強いからということです。英語が世界の公用語なのも、決して英語が他の言語より優れた言語だからということではありません。

次は、正しい発音を導入すると、英語教員の発音が間違ってることがバレて困る。教員も生徒もハッピーになるには?

参考文献

Melchers, G., & Shaw, P. (2013). World Englishes. Routledge.